ヤオ族文化研究所

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研究目的と目標

本研究では湖南省藍山県に居住する過山系ヤオ族の伝承する宗教儀礼の中で最上級の通過儀礼である度戒儀礼の総合的な調査を行なう。度戒儀礼は文化大革命等の原因で久しく大規模には行なわれていなかったが、藍山県政府によって無形文化遺産の対象とされ、施主も見つかったため、実施が許可され2008年冬に実現の運びとなった。今回のような15日間にわたり宗教者や受礼者と夫人等50名以上が参加する大規模な度戒儀礼は今後の実施は不可能となると考えられ、実地調査の貴重な機会といえる。儀礼全体の内容について詳細な記録をとることは無論だが、中でも儀礼の進行に必要不可欠な儀礼文献が儀礼的実践の中で、どの段階で、如何なる目的をもって使用されるか、記録することに重点を置く。

ヤオ族の儀礼はある意図をもって動作と読誦によって構成され、礼拝する、足のステップを踏む、手の指を組む、符を書く、水を撒く、回転する、供物を捧げるといった動作と、儀礼文献の本文や、常用する曲詞や演劇的科白、その都度神に向かってしたためられる儀礼文書、秘訣の呪文の読誦が同時並行で行なわれる。動作と読誦の両面を空間と時間にわたってしっかりした記録にとどめることによって、今まで充分に行なわれてこなかったヤオ族の儀礼の全容が解明される。

その上で道教儀礼やその他の地域の民間祭祀儀礼等との比較が可能になる。また文献学的儀礼研究との接合も可能になり、儀礼史の上に体系的に位置づけることにも繋がる。歴史的な儀礼文献との比較を行なうことで、現代に至る道教儀礼の歴史的変遷をヤオ族の儀礼に通観できることになる。またヤオ族の儀礼にあって道教儀礼にない内容からヤオ族の儀礼の独自の面が明らかになる。

またヤオ族の家を単位として行なわれる通過儀礼の還家愿儀礼及びタイ北部のヤオ族の儀礼の調査を実施し、儀礼内容及び儀礼文献の異同を確認し、ヤオ族の儀礼のバリエーションを整理するとともに、歴史的な位相のもとに置くための検討を行ない、系譜関係も明らかにしたい。

補足調査を行ない、宗教者や施主への聞き取りを実施すると共に、調査の記録内容を儀礼実施者の宗教者に改めて校閲して貰い、総合的かつ緻密な調査研究を目指す。今回収集した文献資料及び収録した映像画像資料はすべてデータ化し、儀礼文献の現代語訳を付し、また儀礼内容の説明を付し、インターネット上で公開できるようにする。今回のプロジェクトは神奈川大学に設置するヤオ族文化研究所を拠点として実施するが、今後ヤオ族儀礼文献の研究センターとして機能させたい。

その他、バイエルン州立図書館及び南山大学に収蔵されているヤオ族の儀礼文献を閲覧し、今回の度戒儀礼等の調査で収録した資料との比較を行なうと共に研究交流を進める。また吉野晃及び廣田律子がすでに得ているヤオ族の儀礼文献との比較も行なう。他の種々な資料と対照することでさらに深い理解と新たな発見が期待できる。

異なる研究領域の分担者が共同で研究を行なうことで、民俗学、文化人類学のフィールドワークの手法と宗教学・歴史学の歴史文献分析法のコラボレーションによってより充実した研究成果が期待できる。ヤオ族儀礼の総合的な調査が初めて実現するのである。分担者各メンバーがこれまでに四川、貴州、江西、湖南、広西、台湾で調査収集した資料との比較検討作業を進めることで、明・清代に江南中国に広く流行していたと考えられる、道教の影響下に形成された祭祀儀礼の形式の復原が可能となると確信している。

さらにヤオ族の儀礼の中で農耕・狩猟・漁撈の豊穣祈願に関わる儀礼はヤオ族の特徴といえるが、日本の各地に残る豊穣祈願儀礼との比較を試みる。また日本の近世に行なわれた陰陽道の祭祀儀礼に使用された祭文及び修験道の動作との比較を行ない、東アジアに通底する祭祀儀礼の特性を探る。

従来の研究については、日本人の本格的な儀礼研究は台湾から始められ、大淵忍爾の成果『中国人の宗教儀禮』(福武書店1983年)は、儀礼研究の基礎をなすものといえる。現在の台湾研究は、研究分担者の松本浩一により後の業績欄にもあるように民間の宗教者の儀礼に関する詳しい調査報告が重ねられている。研究分担者の丸山宏は台湾の道教儀礼の調査を基礎にしつつ、道士のもつ儀礼分書に分析を加えることで、道教儀礼史の解明へと発展させ、『道教儀禮文書の歴史的研究』(汲古書店2004年)にまとめた。また連携協力者の浅野春二により道教儀礼について精緻な調査に基づく研究論文『台湾における道教儀礼の研究』(笠間書院2005年)が発表されている。

中国国内に関する日本人による民間宗教の祭祀儀礼に関する調査研究は、田仲一成の成果が文献の読み込みと立論において秀抜といえ、『中国巫系演劇研究』(東洋文化研究所1993年)『中国郷村祭祀研究』(東洋文化研究所1989年)にまとめられている。また、慶應義塾大学東アジア研究所の研究プロジェクトも成果を上げ、野村伸一編『東アジアの女神信仰と女性生活』(慶應義塾大学出版会2004年)に刊行されている。また、貴州省の民間の宗教儀礼について、研究分担者の森は現在調査を行ない後の業績欄にある報告を行なっている。

中国人研究者による現地調査及び儀礼研究は、90年代以降台湾からの資金援助を受け江南を中心とする各地で特に祭祀演劇を対象として調査が行なわれ、民俗曲藝叢書としてすでに83冊の報告書が刊行されている。未発掘の資料や、実際の演出の丹念な記録は大変貴重といえる。しかし芸能の側面に比重が置かれ儀礼の歴史性が十分に考慮される研究は多くなく、文献学的儀礼研究との接合も積極的にできているとはいえない状況にある。

湖南省のヤオ族に関しては、現地研究者の張勁松氏による度戒儀礼研究は儀礼内容の精緻な調査がされており、『藍山県瑶族伝統文化田野調査』(岳麓書社2002年)にまとめられている。しかし儀礼文献に関しては文献学的考察が充分とはいえない。

ヤオ族に関する日本人の研究は、1967年に上智大学西北タイ歴史文化調査団によって収集された文献について、白鳥芳郎編『傜人文書』(講談社1975年)の刊行がなされているが、文献が読誦される儀礼についての詳しい調査報告はなされていない。その後タイのヤオ族に関して、研究分担者の吉野晃が儀礼の調査を実施し、文献の収集を行ない、メンバー紹介ページ(吉野)にある研究成果を発表している。中国国内に居住するヤオ族については、80年代に田畑久夫・金丸良子によって貴州省のヤオの生業を中心とする調査が行なわれ『雲貴高原のヤオ族』(ゆまに書房1995年)が刊行され、「過山榜」も収集されてはいるが、やはり儀礼についての詳しい調査報告はなされていない。廣田律子はここ数年にわたり湖南省ヤオ族の盤王節、跳鼓壇、還家愿儀礼等の儀礼調査を行ない、メンバー紹介ページ(廣田)にある報告を行なってきた。ヤオ族の儀礼では、膨大な儀礼文献の読誦が行なわれ、儀礼の進行に不可欠であり、儀礼の内容からは道教の影響が明らかである面、ヤオ族の独自性のある面の存在することを実感した。しかしながら力不足のため、道教文献や道教儀礼との対応を確かめられずに今に至っている。

ヤオ族の祭祀儀礼を真に理解するには身体動作、文献の読誦、法具、祭壇等複雑な儀礼内容を記録するばかりでなく、儀礼を実施する宗教者の社会的役割や、道教等との接触による歴史的な変遷等多方面への展開が必要といえる。総合的な調査研究は、歴史学、宗教学、民俗学、人類学の広範囲な分野からのアプローチ無くしては実現しない。この点すべてを満足するような研究はいまだなされていないのが現状といえる。

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  • ページ作成日:2008-11-20
  • 最終更新日:2013-4-02